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2004/12/23

ザオ・ウーキー展

フランス現代絵画の巨匠 ZAO WOU-KI

何年たっても、
絵画は私の唯一の情熱の対象であり続けています。
・・・ 私には、何を描きたいのかが 前もってまったく
分かっていません。
描くこと、それはまず何よりも「冒険」なのです。
                  ――― ザオ・ウーキー

私にとって、近年最大の感動と衝撃を受けた展覧会を見てきました。
ブリヂストン美術館で開催されている「ザオ・ウーキー展」です。

zaoposterこんな抽象画は今まで見たことがなかった!と思うほどの深い感動を味わいました。いくつかの部屋に分かれて展示されていたのですが、次の部屋に移るたびにひとつひとつの絵の持つ不思議な迫力に圧倒され、声にならない感動が身体を満たしました。
絵の前から動けなくなるという経験は、はじめてのことです。

ザオ・ウーキー(趙無極)は中国で絵画を学び、フランスに渡って帰化しフランス人となった人です。“抽象山水”とも呼ばれるその絵画は、欧米の抽象表現主義などの前衛芸術の展開をふまえながらも、書や水墨画といった東洋の造形伝統を色濃く感じさせるザオ独自の抽象世界を展開している、と書いてあります。
実際、絵の霊感源は生まれ育った中国の山水の世界であることが多いらしく、北宋の山水画を思わせる形象や色使いを感じさせるものや、甲骨文字様のものが絵の中に沈んだり浮き上がったり隠れたりしているものも多数あります。
ひとつとして「同じような作品」がないということ、またひとつの作品を完成するまで集中して描き上げるということは、ともすればパターン化されがちな自分のスタイルに固執するのではなく、ひたすら純粋にその時の感動を絵に表しているという姿勢が窺えます。

また、最初の頃つけられていたザオの作品の「題名」はある時以降つけられなくなり、「22.06.91」などというただの記号となっています。これは、作品に題名をつけることなどは最早不可能ということでもあり、絵を見て各人が自由に何を思おうとかまわないというザオの姿勢の表れでもあり、作品が完成したと見なす日付を題名の替わりにつけているに過ぎないそうです。
こうしてみると、自分の作品の題名にいろいろと言葉を連ねている私も突き詰めれば、絵は見ているものの感じ方で自由な訳ですから、題名などつけなくてもよい、ということになるのでしょう。
マグリットなどは、わざと絵となんの関係もない題名をつけて楽しんだという話ですが、作品というものは理解する為にあるのではなく、感じるためにあるものですから、見る人が題名と絵を照らし合わせてそこから何かを読み取ろうとしても、結局は徒労に終わるだけなのかもしれません。

ただ私は言葉が好きなので、たとえばフジツボを描いた絵に、「無題」とするよりは「ゆらぎの曖昧な記憶」とつけることによって、その絵が長年勤めていた会社を辞めたばかりで、安堵と不安の中で描いていたような気がする自分の境地とか、フジツボが海水の中で生きていたであろう時間などに思いを馳せながら筆を運んでいたという状況までもが淡く思い出されて来るのです。
言葉を見ただけで絵が浮かんでくるというのも良いものなのではないのか、とも思うのは精神世界を直接表現する抽象画とは異なる、具象画の世界だからなのかもしれません。そしてつまりは、私が題名をつけるのは、自分自身に対する確認行為だということになるのでしょうか。

zaobook

ブリヂストン美術館は天井が少し低いため、ザオの大きな高さのある作品は持ち込めなかったということで、とても残念に思いましたがそれでも油彩、水彩、水墨、版画合わせて70点あまりの作品は皆、筆舌に尽くしがたい迫力を持って心に迫ってきます。
これだけ深いザオの境地になるにはあと何十年かかるのでしょう。もしかすると一生この境地には至れないのかもしれません。それでも、私にとってザオがこれだけの作品を描くのに、まるで憑かれたように描くというのではなく、ある部分は綿密に計画をたてて画面を構築し、描き上げて行く画家だったという所に少しホッとする感がありました。

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2004/12/13

個展終了*感謝

    desk
    (写真提供 warabii さん)

6日間の個展も終わり、たくさんの方に来ていただいて感謝です。午後6:00までだと、仕事をしている人にはなかなかつらい時間帯ですが、急いでかけつけてくださった方もいて本当にありがとうございました。私の絵を見て何かを感じていただけたなら幸いです。
個展の最中、待っている時間に読んだ本が3冊。小川洋子作「薬指の標本」と「まぶた」それに「余白の愛」です。
いずれも作者の独特な世界と雰囲気が広がっていて、これがこの人の特徴なんだなぁと感じます。神経症的オブジェと少しの愛と少しの死。優しさと切なさと不気味さが混ぜ合わされた不思議な世界です。
「あなたの世界ね」「あなたの色ね」と言われてみると、私にも私の色があるのかなぁ、と思いますが、まだまだ自分としては試行錯誤の世界で もがいていたりします。なんだか最近「丁寧な・・」とか「きちんとした・・」といった、絵に対してつけられる形容詞は果たして褒められているのだろうかと、とても複雑な気分になっています。それは多分、ある日突然モチーフの「机と壁の境界線」のような他の人にとってはあたりまえのものが、自分のどこかに引っかかって、気になってどうしようもなくなってくるといった、たわいもない事なのかもしれません・・・。
さてさて、私はたまった洗濯と掃除を片付けてから、この次の個展に向かうべく、ちょっと精神修養の旅にでも出たいと思います。

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2004/12/06

油彩画展

無事搬入も終わり、明日から6日間の個展が始まります。結局きのうの夜中まで描いていたのが2点(ザクロの絵と白いポインセチアの絵)で、まだ油が乾いていません。急いで題名もつけなくてはならず、取り合えず仮題をつけたりしています。うわー、なんてギリギリな個展なんだろう。いつもこうなるのは、こののんびりした性格のせいなのだろうか・・。
年に2,3枚しか完成しない為、4年くらいたたないと次の個展ができないような遅筆画家ですが、次回はもう少しがんばってみたいと思うきょうこのごろ。やってみたい構想とかもあるしね。
個展の開催中、ほとんど私は会場にいませんのでご自由にご覧ください・・・と思ったのですが、やっぱり仕事を休んで午後から行くことにしました。作者に一言もの申したい人は、午後にいらしていただくといいかと思います。
う~ん、その点喫茶店形式のギャラリーは作者は少しだけ自由かもしれませんね。

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2004/12/05

個展準備その3

個展の準備の中でなんと言っても大変なのが搬入ではないだろうか、と思う。この辺からは、搬入に備えて額から出して乾かしていた絵を全部入れたり、ガラスをはずしたり、ダンボール箱に入れたり、もうほとんど肉体労働。私などはたかだか15,6点の作品だけれど、30点も40点も出す人なんかは会場選びもさることながら作品の持ち運びや、どこにどの絵をかけるとか配置するのもまた大変な作業だなぁ、といらぬ心配をしたりする。額に入れるとやたら重くなるし、やっぱりこの絵の隣りにこの絵はまずいっしょ、とかいろいろあるよね、きっと。
会場の予約というのも1年くらい前じゃないと取れなかったりするので、1年でこのくらい描こうと予定をたて、広さを計算して会場を予約しつつも制作が及ばなかったりすると、さてどうやって場所を埋めようとか悩むのは私くらいなものかもしれないけれど。

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