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2005/06/27

蔓バラ

この時期、庭に私の好みで植えてある赤いバラが3種類咲きます。
ハイブリッドとかフロリバンダとかいろいろ植えてみたのですが、結局放っておいてもどんどん育つ蔓バラが残りました。無精者にはもってこいの品種のようです。
それでも、本当は寒肥、芽出し肥、お礼肥にはじまり、剪定、誘引、花ガラ摘み、病害虫対策ときちんと手入れをしてあげるのが一番いいのですが、時間をかけて園芸をする余裕がありません。
剪定とアブラムシ用のスプレーを吹きかけるくらいが関の山では、手のかかるバラは育ちませんでした。こうしてみると蔓バラは野生に近いのでしょうか、特に手入れをしなくても毎年きれいに咲いてくれます。
私のモチーフとしては、散りかけや乾燥した切花や実になってしまうと格好の材料になります。

  bara1
新しいシュートの誘引をしてないのですっかりまっすぐに立ってしまいました。


      bara2
こちらは古い枝の剪定を怠っているので、実は下の方にいっぱい枯れ枝が残っています。


      bara3
去年黒星病にかかり、剪定しすぎてしまいましたが、それでも今年は細いシュートを出して花を咲かせてくれました。

モネのジベルニーの庭とか、ターシャ・チューダーの庭とか見るにつけ、あんなに広大な庭の手入れもしながら、たくさんの絵を描き続けることができている人たちに驚きと尊敬の念を感じます。何が違うのかって、きっと「愛」が違うのでしょうね。

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2005/06/25

雑草の茂る庭

niwa3去年雑草伸び放題にしてしまった庭も、冬には枯れてなんとなくすっきりしていたのですが、暖かくなってくると同時に息を吹き返したごとく、凄い勢いでまた雑草が伸びだしました。
去年は緑がキレイと思っているうちに、台風が来たり雨が降り続いたりして、放っておいたらあっという間に雑草が物凄い背の高さに育ち、まるで人が住んでいないかのような有様になってしまいました。
雑草の合い間をしじみ蝶が飛び回り、蜂が飛び、女郎蜘蛛の大きな巣が銀色に光って、なんとも長閑な景色に心が和みます。
分け入っていくとあちこちから、バッタやらこおろぎやらいろいろな虫が慌てて逃げ出し、夜にもなれば虫たちが盛んに鳴いて、きっと今生の楽園での生活を謳歌しているに違いありません。
niwa2虫がいなくなるまで放っておこうと思いそのまま冬を迎えたというわけですが、雑草の中にもどんどん自分の領域を増やそうとする、やたら生命力の強いのがいて、こんな狭い庭でも激しい生存競争が繰り広げられているようです。

雑草というとすぐに、タルコフスキーの映画「サクリファイス」が頭に浮かびます。病気の母親が、いつも眺めていた荒れ放題の庭の話です。母はそこに美を見つけていた、と主人公は言います。しかしそれに気づいたのは、主人公が庭の手入れをして後、母の病気が重くなり、寝たきりになってしまってからでした。雑草を取り、木の枝を伐り、自分が手を下してきれいに整えた庭を、ある日母の視点で眺めた時、その不自然さに気づきはっとするのです。
自然であること、あるがままであること、そこに美は存在する、と主人公の口を借りてタルコフスキーは語りかけているようです。

niwa5

ところで、荒れ放題の庭を放っておくと一番うるさいのは私の母です。人がいないと思われて泥棒が入るよ、とか、周りに雑草を伸ばし放題にしている家なんてないよ、とか、せめて外回りだけでもきれいにしてないと格好悪いよ、とか言ってきます。いくらタルコフスキーの美学を説明しても無駄であります。
この間、虫除けの網付帽子をかぶり大量の指定ゴミ袋と草刈鎌を持って現れた母と、一緒に草取りをしました。
母は首をかしげて私を見ていましたが、あちこちで可愛い花をつけている雑草は残しておきました。


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塀際に植えたはずの花が、いつの間にか道の真ん中に侵出してしまいました・・。さすがに踏んで行く人はいないけど、こんなはずでは・・、の光景。

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2005/06/22

敦煌莫高窟

NHKスペシャル「新シルクロード」第6集「敦煌(石窟に死す)」
敦煌莫高窟と言うと、行った事もないのにすぐに思い浮かぶのは、唐代の石窟の中でも有名な美人窟と呼ばれる第45窟と第57窟の素晴らしい彫像や壁画です。写真で見たり、模写で知ったりしたからでしょうか。
石窟の壁画を描き続け、名も知られずに死んでいった絵師たちに焦点を合わせれば、また深い感慨を持って壁画を眺めることができそうです。
この辺境の地は異民族の襲撃に対する最西端の軍事基地でもあったため、ほとんどの農民は戦いが起こるたびに駆り出される兵士でもあったそうです。苦しくつらい日々を過ごす時に夢見る世界は、極楽浄土での、飢えも、戦争も、病も、別離もない世界だったことでしょう。その思いは、莫高窟の壁を極楽浄土の絵で彩り、涅槃仏が横たわる極楽浄土への入り口と言われる世界を作り出しました。いつの世も戦いがあり、平和を願いながら亡くなっていく人は絶える事がありません。

番組では敦煌美術の画家高山さんが登場し、壁画を描き続けた名も知らない絵師たちは、仏への深い信仰心からその思いを壁画にしなければという使命感があったのだと話していました。だからこそ、飢えと貧しさに耐え、過酷な運命にも屈せず身体がぼろぼろになるまで壁画を描き続けることができたのだと言います。
高山さんの莫高窟の彫像や壁画の模写作品は某サイトでよく見ていたのですが、20年に渡り現場で模写を描き続けているというこの方の話は、とても実感のこもったものだろうと感じました。

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2005/06/11

銅版画制作ノート3

今日は影の部分などの追加して彫った所の腐蝕と、広い面のアクワチントです。

得てして初心者の疑問というのはばかなことを考えるものですが、例に漏れず(一度にできるのでは)と甘いことを考えた私は、「葉の部分のグランドだけを取り除いて松脂を載せて一気に腐蝕できないでしょうか」と先生に聞いてみたりします。

(先生きょうは眉間にしわが寄っている・・)松脂の定着で熱した時にグランドが溶けてしまうのでダメ、ということで黒ニスは溶けないけれどグランドは溶けるのだと納得。まずエッチングの腐蝕を先にすることに。
しかしそこで更に、塗ってあるグランドが薄いので、黒ニスを塗っておかないと凹凸の部分の腐蝕が進んで、逆に凹凸がなくなって線が浅くなってしまう、と教えられました。

ひょえ?・・・ということは、彫り足した所を腐蝕する前に、それ以外の部分を黒ニスで止めておくということですか!?
覚えてないくらいあちこち彫ったんですけど・・・。

銅板を傾けながら光にあてて彫った所を確認しつつ、てこずりながら延々と黒ニスでマスキングすること1時間近く。誰かに後ろから「楽しそうね」などと声をかけられたりするけれど、いやこれ、楽しくないです、必死です、はっきり言って。
時間もないし、早くアクワチントに行きたいし。
うう・・この次は彫りたい所は最初から一気に全部彫ってしまおうと思います。

黒ニスって、すぐに筆が固まってきて思うように塗れないところがなんとなくテンペラと似てる、などと思いながらなんとか終わらせ、腐蝕を始めます。
壁に「注意!きょうは濃度が濃いです」という紙が貼ってあります。硝酸での腐蝕具合も夏と冬、その日の気温や湿度、技法によっていろいろ変わるらしく、きょうはエッチング用の濃い目の硝酸とアクワチント用の薄い目の硝酸のバットが並んでいました。
なるほど、この間は濃度が薄かったので1時間半もかかったんですね。
でも、あまり濃度が濃くても腐蝕が粗くなるようなので粗い感じを出したい時などは別ですが、単に時間をかけたくないというのは不正解。
筆圧も関係するようですが、筆圧弱めで腐蝕時間を長くしたほうが繊細な線が出るのだそうです。

試刷りを終えて、やっとアクワチント・・。葉の部分と背景を濃くしてみよう、と思っていたのですが、松脂を振る前にまたもや黒ニスのマスキングの壁が立ちはだかっていました。ああ、もう時間がない・・
細かくマスキングして、松脂を振って熱し、冷めたら腐蝕に入り、それに濃い部分と淡い部分を出すには時間差で「マスキングしては腐蝕」を繰り返さなければなりません。それだけで何時間もかかりそうなので、とりあえずきょうは葉の部分だけベタッと1回腐蝕で終わらせてみました。
これが試刷りの作品(画用紙)
hanga1
 自宅の庭に咲いたクレマチス
 (ちなみに逆さまではありません。萎れかけてるだけ)
これだと「紙にボールペンで描いてスクリーントーンを貼っても同じなのでは」と思ったりします。
でも、「マニエールノワール」に行き着くまでには基本をしっかりと覚えておかなくてはなりませんよね。

ところで、帰りがけに他の人がアクワチントの作品を私の隣で試刷りしていて、グラデーションにしたかったらしく、先生に「腐蝕する時に、硝酸の中で銅板を揺らしたら境目が曖昧になってグラデーションになりませんか?」みたいな質問をしていました。しかし、きょうの先生ちょっと疲れ気味だったらしく、この時点で頭をかかえてしまい「何を言ってるのか全然言葉の意味が頭の中に入ってきません。」とおっしゃっていました。もしかしてきょうは、私をはじめとしておばかな質問が続いたのか??
でも実は私も、グラデーションにするにはと考えた時に一瞬頭の中をよぎったので、その人の言ってる意味、よくわかったんですけど・・。初心者の疑問って意外と先生には伝わりにくいものなんですね。

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2005/06/04

銅版画制作ノート2

  ki
  雷雨の後の不穏な空。

今日はグランドを塗って下絵のアウトラインを彫った銅版に、1回目の腐食をしました。30分くらい腐食させて水で洗い、線の強弱をつけるために部分的に黒ニスを塗って腐食を止め、また20分ほど腐食、それを3回繰り返しました。腐食している間の時間は別のことをしていたい気持ちになるのですが、銅版から出てくる泡をまめに羽根で取らないと腐食がうまく進まないそうなので、うろうろしながら気長に泡を取り続けること約1時間半。硝酸の液の中の銅版は彫った所が青白く光って、きれいだねーなんて顔を近づけて見ていると、有害な泡を吸い込んでしまうのでダメ、と言われてしぶしぶ少し離れます。自動泡取機とかあればいいのに・・
さて、腐食を終わらせてグランドを取り除きインクをつめて試刷りをします。インクのつめかた、拭き方、用紙の湿らし方、置き方、プレス機の回し方、などを順番に先生がやってみせてくれるのですが、これがまたいろいろと注意があってすごく細かい・・。いかに効率よく版や紙を汚さずにきれいに刷り上げるか、がよく分かります。
試刷りの結果はインクを拭きすぎた所が薄くなってしまいましたが、この後また影の所やあちこち彫り足して、さらにアクワチントで広い部分の影がついてくるはずなのでこれからが勝負といった所でしょうか。

 zim
実はこれはバス待ちの間に撮った地面のコンクリートの写真です。ちょっと版画のようでしょ。


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