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2005/07/29

銅版画制作ノート6

銅版画講座の中で試刷りを3回ほどやってきましたが、「印刷」で作品の良し悪しが大きく左右されるものであるということがわかりました。
銅版にインクをつめるのはいいとして、その後の寒冷紗で拭いたり、紙で拭いたりする工程が意外に難しいものです。少し銅の地肌が見えてきてからは、紙で仕上げ拭きに入りますが、指を版面に平行にして拭かないと溝の中のインクまで拭き取ってしまいます。うまくいかずに何回もやり直して、時間がかかってしまいました。
この段階になるともう私の手は、指はもちろん爪の中や腕のあたりまでインクがついて真っ黒状態。そのまま紙などを触ったら大変です。
「最後の最後に、もう一度寒冷紗でひと拭きすると、拭きすぎたところに少しインクが戻ってきます」と、先生がやってみせてくれますが、先生のようにうまくいかないものです。これはやっぱり数をこなさないと・・。

拭き方だけではなく、紙の選び方、インクの色の選び方、インクのつけ方、プレス機の圧力の調整のしかた、ハンドルを回す速度など、全部の点でひとりひとりの個性が出て違った作品になるようです。また同じ人が刷っても、その時の具合で、一枚一枚が同じように見えて微妙に違う作品になるのだそうです。
私は今まで、版画は全部同じように刷れるものだと思っていたので、自分で刷ってみて初めてなるほど、と思いました。

これは黒のインクでの本刷り(ハーネミューレ紙)
hanga4
印刷部分(約16×20cm)
画像だとよくわかりませんが、どんな感じになるのかと思い、針で彫ってみた所が予想外に真っ黒くなってしまったので、内心あせりました。
深く彫り過ぎてドライポイントになってしまったそうです。
ぼんやりとした強い黒になって面白くはあるのですが、こうなるとわかっていれば、もう少し場所を考えて彫るんだったな・・。先生はメリハリが出てかえって良いと仰るのですが、(・・・マジで?)

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2005/07/18

猫も眠る庭

暑くなってきて、ちょっと庭に出ると蚊が群がり寄ってくる季節になりました。こうなると、もう草取りはあきらめることにしています。
芝生伸び放題で喜ぶのは近所で飼っている猫のようです。

親が犬好きで、小さい時からいろいろな犬を飼っていたので、うちは全員犬好きです。
スピッツを初めとして、ポメラニアン、シーズー、パグ、巻き毛ダックスフンド、シェパードまで飼ったことがあります。
逆に猫の方はというと、野良猫が植えたばかりの苗を踏み荒らしたり、糞をしていったり、飼っている鳥を襲ったり、鼠の死骸を置いていったりするので目の敵にされがちです。
庭で猫を見かけようものならすぐシッシッと追い払われる運命にあります。

昼間、暑いのでカーテンを閉めようと外を見たら、この有様・・
nyan2
(おっ、猫が庭で死んでる・・・)

更に見ていると、両手両足をピクピクッ・・
nyan1
(あ、なんだ、寝てるだけか・・・)

まだ子猫のようで、ふわふわの芝生の中で安心しきって、気持ち良さそうに眠っているその顔がなんとも無心であどけなく、可愛らしかったのでそっと眠らせておくことにしました。
う~ん・・・、癒されたかも。

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2005/07/06

THE DARK SIDE (CD)

DarkSide  



GREGORIANの5thアルバム
「THE DARK SIDE」

そう、ダース・ベイダー(アナキン)が陥った世界のことではない。(いや、似たような意味なのかもしれない、よく考えると)。
エピソード3とはまったく関係のない「GREGORIAN」の5作目のCDの話なのである。
ドイツのオフィシャル・サイトで紹介されているのはこの黒いアルバムなのであるが、なぜか日本向けはロマンチックなカバーがかけられて、中のダークな感じのアルバムが見えないようになっている。
darkj
グレゴリアン
「光と闇のストーリー」(CD) (2004/12/16)
インペリアルレコード

グレゴリアンとは、「ENIGMA」(エニグマ)の創始者のひとり、フランク・ピーターソンが主宰するプロジェクトで、そのコンセプトはイギリス国教会の聖歌の達人たちが、ロック/ポップスの名曲をグレゴリオ聖歌風のスタイルで歌い、そこにダンス・ビートを加えるというもの。
前4作「マスターズ・オブ・チャント」シリーズでは、世界的に世代を超えて皆に愛され、よく聴かれている有名な曲などを多く揃えていたけれど、この5作目は違う。
「ザ・ダーク・サイド」という名前が示すとおり、心に闇をかかえ、苦悩し葛藤しながらもかすかな希望、救いといったものを求めているというような、よりスピリチュアルな内容の曲が選ばれている。
と言っても、私の知っている曲はドアーズの「ジ・エンド」と「オーメン」のテーマくらいなものであるし、語学も得意ではないので、中に入っている対訳歌詞つきのレヴューに頼るほかはない。
対訳歌詞というのもあまり直訳では意味がわからなくなるし、意訳し過ぎても深読みじゃないかと思われたりするから大変だと思う。思うけれど、よく考えるとなんだか意味がわからない、というのも多い。
英文と見比べて自分なりに意訳をはかってみたりするが、歌詞というのは暗にいろいろな意味が込められていたり、学校で習ったような文法は無視されてたりすることが多いので、語学に堪能で文学にも造詣が深く詩人である、なんていう人が訳さない限り、ぴったりくる対訳は難しい、と思う。それでも、ここに選ばれている曲は心の奥まで響いてくるようなものばかりで、なんだか切なくなるほどである。
英和辞典を片手に歌詞とにらめっこしてるうちに、一箇所だけ「4人の騎士」の対訳が違っている所を発見。
>The Hoseman held a bow
>「(一頭目の馬の)騎手はお辞儀をした」 と書いてあるのだが
いや、お辞儀してません。ここは、「騎手は弓を持っていた」で、英文そのままですぜ。
原曲が「ヨハネの黙示録」にヒントを得たということがわかっていても、実際に聖書で確認したのではないということなのだろう。

唯一「オーメン」のテーマ「AVE SATANI」だけ対訳歌詞がない。ラテン語だからなのか、悪魔的内容すぎるからなのか理由は不明。
「アヴェ・サンターニ」は覚えやすい曲なので時々無意識に口ずさんでしまうのだが、頭に666の数字が刻まれている悪魔の子が次々に惨殺を繰り返すオカルト映画「オーメン」のテーマだけあって題名からしてやばい、と感じる。知らずに悪魔を讃えているような気がして、頭で鳴り響く音楽を無理やり振り払ってみたりする。寝る時にも聴いているんだけど、変なサブリミナル効果が出たらどうしよう・・。
もともとこれを合唱している彼らも、あちこちの教会の合唱団に属している人たちなのだろうけど、ほんとにこれ合唱しちゃっていいのか!? すごく罪深そうな歌詞のような気がするのだが・・。

一番気に入っているのは「IN THE SHADOWS」という曲で、フィンランドの4人組、ラスマスの最新作からシングルカットされた曲だそうである。途中で鳴り響く鈴のようなトライアングルのような、えも言われぬ天上の響きにうっとりとしてしまう。関係ないが、頭の上の方で響く感じが、唐突に貴志 祐介の小説「天使の囀り」を思い出させる。

ところで、カトリックの教会で荘厳な感じで流れてくるグレゴリア聖歌について、持っている2枚のアルバムからちょっと書いてみようかと思ったのであるが、長くなってしまったのでまた次回。

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2005/07/04

銅版画制作ノート5

銅版画のグラデーションについてしっかり聞いてみました。
何通りか方法があるそうなのですが、やっぱり一番簡単なのは揺らすんだそうです。硝酸の中で銅版を・・。
まさか、と思っていたので目が点に・・。(この間は本当に、質問の意味が通じていなかったんですね。)
また、脱脂綿に硝酸をつけて銅版をたたいてみたりするやり方とか、水の中に銅版を浸して硝酸の液をたらしてみる、というやり方もあるそうです。松脂の量を違えてもいいみたいですが、どちらかと言えば腐蝕で調整する方がいいとのこと。
せっかくわかったので、私も背景で試してみました。ゴム手袋をして硝酸の中で適当に銅版を揺らしながら浸すこと30分位。簡単に言われた割には、これが疲れる・・。ふと気付くと浸してないところに硝酸の青い水滴が点々とついていたりして、そのままでは模様になってしまうのでティッシュでふき取ってみたり、ゴム手袋で持ってる所もなんとなく腐蝕しているような気がして慌てて持ち替えてみたりします。しかも、どのくらい腐蝕が進んだのか見た目ではさっぱりわかりません。結局は時間を目安にするしかないようです。

これが、最初の線のみの試刷り (画用紙)
hanga2

  ↓  背景グラデーション試刷り(画用紙)
hanga3

葉の部分も背景の部分も1回腐蝕しかしていないので、なんとなく荒い感じです。アクワチントの腐蝕も薄めの硝酸で何回か重ねるときれいな目の細かい黒になるようです。

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2005/07/01

銅版画制作ノート4

     maniel
     夜の木々(写真)

黒の技法 -マニエール・ノワール-
銅版画の講座が始まるまでの空いている時間に、図書館で「長谷川潔 銅版画作品集」を眺めていました。
長谷川潔は写真の発明以来ほとんど顧みられなくなっていたという(黒の技法)「マニエール・ノワール」を復活させ、その静謐な作品で知られる有名な版画家です。
マニエール・ノワールとは腐蝕を用いず、版面全体を縦横斜めにぎっしりと精緻な平行線で埋め尽くし、その凹凸を部分的に磨いて微妙な諧調の明暗を創り出す銅版直刻法の一種で、美しいビロードのような深々とした黒が特徴です。
私がある種の銅版画作品に対して感じていた感情や、表現の可能性として模索し始めたそもそもの要因が、そこに書いてあった長谷川潔の言葉と重なって感じられました。その一部を抜粋してみます。   *****
マニエール・ノワールにおいて色彩を放棄して白と黒だけによって表現するというのは、感覚を超えた深い精神世界を求める東洋の水墨画の世界に通じるものであり、背景を出来る限り省略して漆黒の無限空間を暗示するところは日本美術のもつ余白美の表現にも通じるものがあるといえる。
また、自然を深く見つめて自然に周波数を合わせることによって、自然の神秘を読み取ろうとする姿勢は、太古以来アニミズム的な自然観を持ち続けてきた日本人の感性に根ざすものがあろう。
晩年の長谷川潔は自分の芸術について次のように明言する。
「単に美を感ずるもの、あるいは画きたいと考えるものを描くというのではなく自然の万物は、宇宙の理にもとづきそれぞれの外観を異にし、それぞれの存在の使命を持つが故に心眼を以って、美の根源を感知し、その思索を静物画の形で、象徴構成することが近年の作画である。」
       *****
マニエール・ノワールはとても手間のかかる技法で、一枚の作品を仕上げるのに油彩で言えば200号もの大作を描くに等しい労力を使うと書いてありました。
ひたすら銅板に幾筋もの線を刻み付けていく作業と、ひたすらキャンバスに向かって絵具や筆をたたきつけるのとでは、いったいどんな違いがあるのでしょうか。自分なりに答えが見つかるまで、私のこの試行錯誤の作業が続けられるとよいのですが。

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