2007/03/25

世界フィギュア

普段あまりスポーツ番組を見ることは少ないのですが、世界フィギュアは思わず華麗な演技に見とれてしまいました。難しいジャンプを失敗したり成功させたりするたびに一喜一憂したり、美男美女の纏う衣裳に目を奪われたりで、久しぶりにいいものを見たという感じです。
選手ひとりひとりにドラマがあって、みんな困難を乗り越えてここまで来ているんだな、と感動を覚えます。
日本の選手が金、銀とメダルを取って、その水準の高さにも驚きましたが、韓国のキム・ヨナ選手の16歳とは思えない雰囲気のある演技と容姿に見とれました。フリースタイルで転倒してしまったのが残念ですが、体調や運も大きく影響する競技ですからね。それにしても、若いのにみんな凄いなぁ・・・・・

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2006/06/11

画家の映画

田中一村作品集 (大型本)
出版社: 日本放送出版協会
Isson田中一村の生涯を描いた映画「アダン」がそろそろ公開されてきているようですね。
こちらでの公開はまだ先ですが、是非見に行こうと思っている映画です。
主演は榎木孝明ということで、私の中の一村のイメージとはちょっと違う気がするのですが、自らも画家である彼が役を切望したということで期待が持てます。

画家の人生を描いた映画はいろいろとありますが、やはり一番は「アンドレイ・ルブリョフ」でしょうか。
タルコフスキーの映画は、見ている時は退屈だったり、わけが分からなかったりで全然面白くないのですが、あとで気がついてみると、映画の中のあらゆる場面や言葉などを繰り返し心の中で反芻していたりして、いつのまにか自分の中のどこかに住み着いてしまう所が不思議です。
          Andrei
          アンドレイ・ルブリョフ (DVD)
          監督:アンドレイ・タルコフスキー
          出演:アナトリー・ソロニーツィン


「真珠の耳飾りの少女」「裸のマハ」「フリーダ」「ポロック」「パスキア」「かまち」といったところは近年見て印象にのこっている映画です。
昔の作品では「炎の画家 ゴッホ」「ロートレック」などは、俳優の個性が強すぎる感がありました。
「写楽」「大いなる遺産」「迷宮のレンブラント」などは、安心して楽しく見られる感じの映画です。

「ミナ」という映画は、作品解説を見ると、「同じ日に生まれたミナとエテルの2人の少女が大人になるまでの友情を爽やかに描いた青春ラブストーリー」 となっていてジャンルはどうやらラブストーリーらしいのです。
もしかするとこれを、ひとりの女流画家の孤独に満ちた短い人生の記録、と捉えている人はあまりいないのかもしれません。
私的には、顔に傷がついてから彼女に対して周囲の態度が冷たくなったなどというエピソードよりは、画廊のオーナーに「売れるように、小さい絵を描け」と言われながら、自分の描きたい大きな絵を描いてしまう所や、食べていけなくなって仕方なく名画の模写なんかをして、なんとか生活していく様子などが胸にこたえてしまいました。
Mina

ミナ (ビデオ)
VHS (1995/08/25) 角川エンタテインメント
監督:マルティーヌ・デュゴウソン
出演: ロマーヌ・ボーランジェ
    エルザ・ジルベルスタン

映画の終わり近くで、ミナがエテルの電話を聞いた後に絶望感に陥り、震えるほどの孤独感の発作に襲われるシーンは深く心の奥に焼きついて忘れられません。

私は真の「画家」とは、たとえば田中一村のように、常に「孤独」「清貧」という言葉と切り離せないもののように感じるのです。なぜなら、そこから深い精神性が生まれると考えるからです。この原点には学生時代に読んだモーパッサンの「月と6ペンス」という本が影響しているのですが、本の話はまた長くなるのであとにします。

「アンドレイ・ルブリョフ」にも、「腹がいっぱいで絵が描けるか」というセリフがありました。「腹が空きすぎてても描けません」と弟子の言葉が続くのですが・・・。
あとで思い返すと、ここは物理的な空腹感だけのことを言っているのではないと思われてくる言葉だったりするのです。そんな感じでどんどん自分の中で自問自答が続いていくのがタルコフスキーの仕掛けるトリックなのでしょうか。


見たいと思いつつ機会を逃しているものもたくさんあります。
「ピロスマニ」「カラヴァッジオ」「モディリアーニ~真実の愛~」

いずれにしろ、画家に限らず何かに心を傾けて一途に生きている人を描いた映画というのは、心に響いてくるものが多いですね。

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2006/03/04

アナスタシア

plus


BLOOD+ (DVD)
監督:藤咲淳一
原作:Production I.G・Aniplex
企画協力:押井守
音楽:Mark Mancina
声の出演:喜多村英梨、矢島晶子
大塚芳忠 ほか

毎週土曜日にTV放映されているアニメ「BLOOD+」。戦争兵器にするなどの目的で改造された人間である吸血モンスター「翼手」を狩るサヤとハジの話ですが、沖縄からはじまってベトナムに話題は飛び、最近はロシアが舞台となっています。場所もエカテリンブルグといえば、ロシア革命により皇帝一家が暗殺された所だな、と思っていたら、17話でなんとラスプーチンとアナスタシアの話が出てきたのでびっくり。遡ればロシア革命の時代にもサヤ達は翼手と戦っていたらしく、あの怪僧ラスプーチンは翼手ってことになっているらしい。(さもありなん・・・)。しかも、この話ではアナスタシアまでなんだかやばいモノになっている気が・・

ところで、ロマノフ王朝の最後の皇帝ニコライ2世の第4皇女アナスタシアについてはボルシェビキの手から逃れて生き残ったという説があって、あちこちで「私が生き残りのアナスタシア」と名乗る偽者が出てきたり、本や映画にもなって夢や想像を掻き立てられたりしたものでしたが、私が最近「エカテリンブルグ」とか「アナスタシア」という言葉にやけに敏感になっている理由は、島田荘司の「ロシア幽霊軍艦事件」という小説を読んだからなのです。

gunkan
ロシア幽霊軍艦事件
島田荘司(著)
角川文庫

この中の主人公アナ・アンダーソンについては、本物のアナスタシアであると信じて庇護する人達も少なくなかったという話ですが、聞けば何年か前にDNA鑑定で既に決着がついているらしいですね。
「ロシア幽霊軍艦事件」の中では御手洗がほとんど本物、という推理を広げていたのでうっかりその気になっていた私でした。
最近の島田荘司氏の推理小説は、御手洗が脳科学の研究者というだけあって、「魔神の遊戯」や「ネジ式ザゼツキー」などもそうでしたが、記憶喪失、側頭葉てんかんやサヴァン症候群などという症状をもつ人物が物語の中の重要な部分に関わってきたりして、一味違った読み応えがあります。アナ・アンダーソンについても脳科学の見地から彼女の見せた不可解な言動を推理してみせています。
社会派サスペンスというのか、現代社会が抱える闇みたいなものが根底に取り上げてある島田作品は後々まで考えさせられるものも多く、単なる推理小説では片付けられない後味が残り、そこが島田荘司作品に魅せられてヤミツキになってしまった理由でもあります。

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2006/02/11

記憶

ホームページ本館に画像を1点更新しました。
F4の小さい油彩作品です。

           lethe

去年は小さい作品しか描けなかったので、今年は少しだけ大きい作品を描いてみようと思っています。とはいえ、アトリエが狭いので30号キャンバスをイーゼルに載せてみたら、それでもう部屋いっぱいになっているので、たったの30号が凄く大きいキャンバスに見えたりします。アトリエの大きさも作品の大きさに響いてくるんですね。

hakase博士の愛した数式
小川洋子作
新潮文庫

最近「記憶」について考えさせられることが多く、人生というのは記憶そのものなのではないか、などと思ったりしています。100万部のベストセラーになった小川洋子作「博士の愛した数式」は現在映画が公開中ですが、事故で頭を損傷し、事故の時以降の記憶が80分しか持たない数学者と、彼のお世話をすることになった家政婦との交流を描いた物語です。博士と心の通った体験をいくら積み重ねても、80分経つと博士の方の記憶は全部忘れてリセットされてしまいます。周りの人が記憶を積み重ね、愛情が増していくのに対して、博士の方はいつでもその人とは初対面を繰り返し、思い出すことができないという苦悩があり、博士を愛する人達の感じる切なさが伝わってきます。
毎週土曜日にTV放映されているアニメ「BLOOD+」では、主人公のサヤは、時には何十年も続く長い眠りから覚めるとそれまでの記憶をなくしてしまっていて、いつも思い出そうと苦悩するわけですが、主人公を護るハジは逆にサヤが眠っている間もずっと眠らずにすべての記憶を持ち、サヤを待ち続ける運命です。忘れるサヤと忘れないハジ、どちらがつらいだろうかと考えると、これもまた「博士の愛した数式」と同じような切なさと痛みを感じます。

短時間の記憶しかなくなるという映画に「メメント」というのもありました。ガイ・ピアース演じる主人公が妻を殺した犯人を突き止めるために奔走する話でしたが、なぜか10分しか記憶が保てない状態になってしまった主人公が、写真やメモや身体に書き込むという方法で記録を残しながら、記憶から消失した犯人を探り当てていくという、なかなか疲れる内容だったと思います。
「メメント」は「記憶」という意味のラテン語で、「メメント・モリ」といえば「死を想え」という宗教語として知られていますが、芸術の中では死んだものを描く「静物画」が一番メメント・モリの死生観を表しやすいようです。

asita明日の記憶
荻原浩作
光文社

5月に公開される映画「明日の記憶」は、荻原浩の長編小説が原作となっていますが、「若年性アルツハイマー病」という病気が取り上げられています。渡辺謙演じる広告代理店の営業部長を務める50歳の男性が、会議の約束とか相手の名前などちょっとしたことを忘れるという現象からはじまります。
昔から忘れっぽい性格である私はこういう作品を見るとちょっとドキッとします。冷蔵庫を開けて何を取ろうとしたのか一瞬忘れるとか、電話で聞いた名前を切った途端に忘れてしまうなんていうのは日常茶飯事ですし、遺伝なのか、祖母の代から3代続いているこの忘れっぽい性格・・誰もアルツハイマーになった血縁者はいないものの、笑って済ませられるうちに秘かに脳の記憶の訓練でもしておこうかな、などと思っているきょうこの頃です。

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2006/01/21

地球温暖化

金曜夜のTVで放送していた「超地球ミステリー~一秒の世界~」
途中から見た番組だったけれど、地球温暖化による海面上昇で水没の危機にさらされてる北イタリアの都市ヴェネチアの現状とか、中国の砂漠化などの映像を見ているうちにこれは本当にもの凄く大変なことになってきていると、だんだん切羽詰った気分になってきました。
環境汚染、地球温暖化、異常気象・・しょっちゅう聞いている言葉なのに、ここまで深刻な事態になっていたとは・・というのが正直な感想です。まあ、うすうす気づいてはいるのだけれど、じゃあ今私はどうすればいいのかと考えると何をしたらいいのかがいまいちわからない。
夜は家電のコンセントを抜いておくとか、車のアイドリングはしないとか、牛乳パックは回収に入れるとか、こまごまとしたことはやっているつもりでも、いいのか?そんなんで?? そんなちまちましたことをやってるだけで???
これってはっきり言って、戦争なんかやってる場合じゃないよね。各国がそれぞれ協力しあって国を挙げて一斉に取り組まなくてはいけない、それこそ私たちの住むこの地球の環境が、人間や動物の住める環境じゃなくなるよって問題ですよね。
デイ・アフター・トゥモローや日本沈没が映画の世界だけではなく、急に現実味を帯びて迫ってきました。地球を守るいろんなプロジェクト提案をみんなでどんどん実践していかないと間に合わないような気がします。
そう思いながら、やることと言えば1円クリック募金くらいな現実が悲しい・・。

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2006/01/05

里見八犬伝

時代劇好きな私にとって「新春時代劇」は楽しみのひとつだったりするのですが、今年は戌年にちなんで(?)滝沢馬琴の「里見八犬伝」でしたね。
前に、そう「魔界転生」がリメイクされた時に、昔と違ってCGやらなんやら使える今、「南総里見八犬伝」をリメイクしてほしいものだと思っていたことがあったので、とても期待して見てしまいました。2日3日と二日間に渡って前編後編の5時間ドラマでしたが、原作とは違う所があるものの、まあ、5時間だからしょうがない。犬塚信乃も義経とかぶったけれども まあ、しょうがない。犬坂毛野も女の人がやってたけれども まあ、しょうがない・・。(は?胸がない?)そんなこんなで見ているうちに10年位前に読んだ山田風太郎原作の「忍法八犬伝」を思い出してしまいました。
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時はこの時代の150年後、つまりここで活躍した八犬士達の孫の時代。里見家の家宝である「忠孝悌仁義礼智信」の八顆の珠が、里見家取り潰しを狙う本多正信の策謀によって「淫戯乱盗狂惑悦弄」の贋珠にすり替えられてしまう所から始まります。盗まれるんじゃなくて、このふざけた珠にすり替えられるくだりも笑えるけど、好き放題に生きている子孫の新八犬士たちのやる気の無さがまた笑える。結局お家のためなんかじゃなく、憧れの村雨姫という美女のために珠の奪還を決意する若者たち。
服部半蔵指揮下の女忍者たちとの戦いは、他の忍法帖シリーズと同じく(山田風太郎らしい)とても人間業とは思えないような忍法合戦となっているのですが、とにかく八犬伝の面白さがたっぷり盛り込まれた現代娯楽時代劇小説です。

私が読んだのは、1994年頃に講談社から発行された講談社ノベルズの一連の山田風太郎の忍法帖シリーズです。最近映画化された「甲賀忍法帖」なども含まれています。講談社文庫からも天野義孝などの表紙でまた新しく発行されているようです。
ところで、たまに聞かれたりすることがあるのですが、「南総里見八犬伝」に登場した小悪党の網乾左母二郎(あぼし さもじろう)って、先祖ですか?って、いやいやいや・・字も違いますし、コレ小説ですから。

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2005/09/25

ゴッド・ディーバ

  GD


ゴッド・ディーバ (DVD)
(2005/01/19)ポニーキャニオン
出演: リンダ・アルディ, トーマス・クレッチマン
    シャーロット・ランプリング
監督: エンキ・ビラル (2004年 仏 映画)

2095年のニューヨークは、娯楽のように自分の身体の改造(ヴァージョンアップ)を繰り返す人間達やミュータント、エイリアンが共存する世界と化していた。ある時忽然と空中に出現していたピラミッドから、頭は鷹、首から下は人間という古代エジプトの神ホルスが下界へと降り立つ。悲しみの青い涙を流す青い髪の女を探し出すために・・。

メインキャラ3人は俳優が演じていますが、他はすべてCGなのでそこに違和感を感じる人も多いようです。でも私はあの幻想的な背景の中でなら、かえって人間をあまり使わない方が独特の世界観が出ていいように思います。メインキャラ3人が魅力的なので他の人間をCGにすることによって逆に3人が引きたって見えます。シャーロット・ランプリングが若い。「まぼろし」では熟年夫婦の役どころで歳相応に見えた気がしましたが、一瞬この映画の製作年月を確認したくらい若くて素適でした。25年間冷凍監獄に冷凍体で収監されていたニコポルが、甦ってから時々口ずさむ詩はボードレールの「悪の華」からのものですが、この世界になぜかしっくりと似合っています。
この手の映画は好き嫌いがはっきり分かれるようですが、私はCGがヘボいとか、なぜにエジプトの古代神なのかとか、わかり難いストーリーかと思ったら結局は・・とか、つっこみ所は多々ありますが、それ以上に好きな俳優が出ているし、雰囲気が独特で楽しめました。

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2005/09/15

FFⅦ ADVENT CHILDREN

きのう「ファイナルファンタジーⅦ ADVENT CHILDREN」が届いたので早速見てみようとしたのですが、プレステがなかなか起動してくれません。読み取っています・・・という表示の後、「DVDディスクが起動しませんでした」となってしまいます。そういえば、前にアップルシードを見た時も、途中でコ・マ・お・く・り・になったり、シーンが飛んだりしたっけ・・。これはいよいよDVDプレイヤーを買わなければならないかな、と思いつつ、つけたり消したりしていたら、あきらめかけた頃にやっと起動してくれました。最近、パソコンで「MYST Ⅳ」ばかりやっていたので、しばらくプレステをつけていなかったせいなのか、とも思いましたが、どうも違うようです。

特典で1997年のゲームのシーンが入っていて、「うっわ・・!」(絶句)と思いましたが、イベントシーンなど当時はこれが最新のCGだったので「すごいよ、コレ」などと思いながら感動してやっていたんですよね。懐かしいです。
それにしても、フルCGで作られたこの「ADVENT CHILDREN」。戦闘シーンなど目が追いつかない位の迫力とスピード感で、あれから何年かたつうちに比べ物にならないくらいの進歩をとげている感じです。いったいCGはどこまで凄くなるのだろう、とこれからもCGの進化が楽しみで目が離せません。

     FF
ファイナルファンタジーⅦ
ADVENT CHILDREN
(DVD)
 

        

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2005/08/15

ターン

“ Aboyan's お気楽な別館気分?Diary ” というブログ名も “東北楽天ゴールデンイーグルス” くらい長くて呼びづらいので “ Aboyan's 別館 ” みたいに省略してしまおうかと思っているきょうこのごろ。
最近テンペラをキャンバスに飛ばすのに夢中になっています。昨日、某所で買った100円の筆を指にたたきつけながらテンペラを飛ばしていたら、筆が折れました・・・。指も全治1日の打撲を負った模様。
(注)テンペラは本来飛ばすものではありません。

ところで、ずっと前に北村薫原作の「ターン」という映画をBSで見た時に、牧瀬里穂主演の主人公が銅版画を制作しているシーンがとても印象的でした。ひとりでせっせと銅版を彫り、プレス機を回し、孤独な制作を続けている所や、作品を画廊に持ち込むと、「今時珍しく手のかかるメゾチントなんかで制作している」ことに免じて置いてあげよう、と言われるシーンがずっと記憶に残っていました。
turn

「ターン」
(DVD)
監督:平山秀幸
出演:牧瀬里穂、中村勘太郎

だからという訳ではありませんが、先生に今度はメゾチントをやってみたいと言った所、頭を抱えてちょっと考え込み(ひょっとして、頭を抱えるのって先生の癖なのか?)「腱鞘炎を覚悟してください」だそうです。
電動ベルソーなんかがあるもんだと思っていたのですが、甘かった・・。カッターで縦横斜めにぎっしりと刻んでいるって、それはまぎれもなくマニエール・ノワール・・。ベルソーで削っていっても、少なくても3日は「目立ち」の作業だけにかかるようです、ああ・・・。

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2005/06/22

敦煌莫高窟

NHKスペシャル「新シルクロード」第6集「敦煌(石窟に死す)」
敦煌莫高窟と言うと、行った事もないのにすぐに思い浮かぶのは、唐代の石窟の中でも有名な美人窟と呼ばれる第45窟と第57窟の素晴らしい彫像や壁画です。写真で見たり、模写で知ったりしたからでしょうか。
石窟の壁画を描き続け、名も知られずに死んでいった絵師たちに焦点を合わせれば、また深い感慨を持って壁画を眺めることができそうです。
この辺境の地は異民族の襲撃に対する最西端の軍事基地でもあったため、ほとんどの農民は戦いが起こるたびに駆り出される兵士でもあったそうです。苦しくつらい日々を過ごす時に夢見る世界は、極楽浄土での、飢えも、戦争も、病も、別離もない世界だったことでしょう。その思いは、莫高窟の壁を極楽浄土の絵で彩り、涅槃仏が横たわる極楽浄土への入り口と言われる世界を作り出しました。いつの世も戦いがあり、平和を願いながら亡くなっていく人は絶える事がありません。

番組では敦煌美術の画家高山さんが登場し、壁画を描き続けた名も知らない絵師たちは、仏への深い信仰心からその思いを壁画にしなければという使命感があったのだと話していました。だからこそ、飢えと貧しさに耐え、過酷な運命にも屈せず身体がぼろぼろになるまで壁画を描き続けることができたのだと言います。
高山さんの莫高窟の彫像や壁画の模写作品は某サイトでよく見ていたのですが、20年に渡り現場で模写を描き続けているというこの方の話は、とても実感のこもったものだろうと感じました。

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