2007/03/25

世界フィギュア

普段あまりスポーツ番組を見ることは少ないのですが、世界フィギュアは思わず華麗な演技に見とれてしまいました。難しいジャンプを失敗したり成功させたりするたびに一喜一憂したり、美男美女の纏う衣裳に目を奪われたりで、久しぶりにいいものを見たという感じです。
選手ひとりひとりにドラマがあって、みんな困難を乗り越えてここまで来ているんだな、と感動を覚えます。
日本の選手が金、銀とメダルを取って、その水準の高さにも驚きましたが、韓国のキム・ヨナ選手の16歳とは思えない雰囲気のある演技と容姿に見とれました。フリースタイルで転倒してしまったのが残念ですが、体調や運も大きく影響する競技ですからね。それにしても、若いのにみんな凄いなぁ・・・・・

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2006/06/11

画家の映画

田中一村作品集 (大型本)
出版社: 日本放送出版協会
Isson田中一村の生涯を描いた映画「アダン」がそろそろ公開されてきているようですね。
こちらでの公開はまだ先ですが、是非見に行こうと思っている映画です。
主演は榎木孝明ということで、私の中の一村のイメージとはちょっと違う気がするのですが、自らも画家である彼が役を切望したということで期待が持てます。

画家の人生を描いた映画はいろいろとありますが、やはり一番は「アンドレイ・ルブリョフ」でしょうか。
タルコフスキーの映画は、見ている時は退屈だったり、わけが分からなかったりで全然面白くないのですが、あとで気がついてみると、映画の中のあらゆる場面や言葉などを繰り返し心の中で反芻していたりして、いつのまにか自分の中のどこかに住み着いてしまう所が不思議です。
          Andrei
          アンドレイ・ルブリョフ (DVD)
          監督:アンドレイ・タルコフスキー
          出演:アナトリー・ソロニーツィン


「真珠の耳飾りの少女」「裸のマハ」「フリーダ」「ポロック」「パスキア」「かまち」といったところは近年見て印象にのこっている映画です。
昔の作品では「炎の画家 ゴッホ」「ロートレック」などは、俳優の個性が強すぎる感がありました。
「写楽」「大いなる遺産」「迷宮のレンブラント」などは、安心して楽しく見られる感じの映画です。

「ミナ」という映画は、作品解説を見ると、「同じ日に生まれたミナとエテルの2人の少女が大人になるまでの友情を爽やかに描いた青春ラブストーリー」 となっていてジャンルはどうやらラブストーリーらしいのです。
もしかするとこれを、ひとりの女流画家の孤独に満ちた短い人生の記録、と捉えている人はあまりいないのかもしれません。
私的には、顔に傷がついてから彼女に対して周囲の態度が冷たくなったなどというエピソードよりは、画廊のオーナーに「売れるように、小さい絵を描け」と言われながら、自分の描きたい大きな絵を描いてしまう所や、食べていけなくなって仕方なく名画の模写なんかをして、なんとか生活していく様子などが胸にこたえてしまいました。
Mina

ミナ (ビデオ)
VHS (1995/08/25) 角川エンタテインメント
監督:マルティーヌ・デュゴウソン
出演: ロマーヌ・ボーランジェ
    エルザ・ジルベルスタン

映画の終わり近くで、ミナがエテルの電話を聞いた後に絶望感に陥り、震えるほどの孤独感の発作に襲われるシーンは深く心の奥に焼きついて忘れられません。

私は真の「画家」とは、たとえば田中一村のように、常に「孤独」「清貧」という言葉と切り離せないもののように感じるのです。なぜなら、そこから深い精神性が生まれると考えるからです。この原点には学生時代に読んだモーパッサンの「月と6ペンス」という本が影響しているのですが、本の話はまた長くなるのであとにします。

「アンドレイ・ルブリョフ」にも、「腹がいっぱいで絵が描けるか」というセリフがありました。「腹が空きすぎてても描けません」と弟子の言葉が続くのですが・・・。
あとで思い返すと、ここは物理的な空腹感だけのことを言っているのではないと思われてくる言葉だったりするのです。そんな感じでどんどん自分の中で自問自答が続いていくのがタルコフスキーの仕掛けるトリックなのでしょうか。


見たいと思いつつ機会を逃しているものもたくさんあります。
「ピロスマニ」「カラヴァッジオ」「モディリアーニ~真実の愛~」

いずれにしろ、画家に限らず何かに心を傾けて一途に生きている人を描いた映画というのは、心に響いてくるものが多いですね。

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2006/03/04

アナスタシア

plus


BLOOD+ (DVD)
監督:藤咲淳一
原作:Production I.G・Aniplex
企画協力:押井守
音楽:Mark Mancina
声の出演:喜多村英梨、矢島晶子
大塚芳忠 ほか

毎週土曜日にTV放映されているアニメ「BLOOD+」。戦争兵器にするなどの目的で改造された人間である吸血モンスター「翼手」を狩るサヤとハジの話ですが、沖縄からはじまってベトナムに話題は飛び、最近はロシアが舞台となっています。場所もエカテリンブルグといえば、ロシア革命により皇帝一家が暗殺された所だな、と思っていたら、17話でなんとラスプーチンとアナスタシアの話が出てきたのでびっくり。遡ればロシア革命の時代にもサヤ達は翼手と戦っていたらしく、あの怪僧ラスプーチンは翼手ってことになっているらしい。(さもありなん・・・)。しかも、この話ではアナスタシアまでなんだかやばいモノになっている気が・・

ところで、ロマノフ王朝の最後の皇帝ニコライ2世の第4皇女アナスタシアについてはボルシェビキの手から逃れて生き残ったという説があって、あちこちで「私が生き残りのアナスタシア」と名乗る偽者が出てきたり、本や映画にもなって夢や想像を掻き立てられたりしたものでしたが、私が最近「エカテリンブルグ」とか「アナスタシア」という言葉にやけに敏感になっている理由は、島田荘司の「ロシア幽霊軍艦事件」という小説を読んだからなのです。

gunkan
ロシア幽霊軍艦事件
島田荘司(著)
角川文庫

この中の主人公アナ・アンダーソンについては、本物のアナスタシアであると信じて庇護する人達も少なくなかったという話ですが、聞けば何年か前にDNA鑑定で既に決着がついているらしいですね。
「ロシア幽霊軍艦事件」の中では御手洗がほとんど本物、という推理を広げていたのでうっかりその気になっていた私でした。
最近の島田荘司氏の推理小説は、御手洗が脳科学の研究者というだけあって、「魔神の遊戯」や「ネジ式ザゼツキー」などもそうでしたが、記憶喪失、側頭葉てんかんやサヴァン症候群などという症状をもつ人物が物語の中の重要な部分に関わってきたりして、一味違った読み応えがあります。アナ・アンダーソンについても脳科学の見地から彼女の見せた不可解な言動を推理してみせています。
社会派サスペンスというのか、現代社会が抱える闇みたいなものが根底に取り上げてある島田作品は後々まで考えさせられるものも多く、単なる推理小説では片付けられない後味が残り、そこが島田荘司作品に魅せられてヤミツキになってしまった理由でもあります。

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2006/02/11

記憶

ホームページ本館に画像を1点更新しました。
F4の小さい油彩作品です。

           lethe

去年は小さい作品しか描けなかったので、今年は少しだけ大きい作品を描いてみようと思っています。とはいえ、アトリエが狭いので30号キャンバスをイーゼルに載せてみたら、それでもう部屋いっぱいになっているので、たったの30号が凄く大きいキャンバスに見えたりします。アトリエの大きさも作品の大きさに響いてくるんですね。

hakase博士の愛した数式
小川洋子作
新潮文庫

最近「記憶」について考えさせられることが多く、人生というのは記憶そのものなのではないか、などと思ったりしています。100万部のベストセラーになった小川洋子作「博士の愛した数式」は現在映画が公開中ですが、事故で頭を損傷し、事故の時以降の記憶が80分しか持たない数学者と、彼のお世話をすることになった家政婦との交流を描いた物語です。博士と心の通った体験をいくら積み重ねても、80分経つと博士の方の記憶は全部忘れてリセットされてしまいます。周りの人が記憶を積み重ね、愛情が増していくのに対して、博士の方はいつでもその人とは初対面を繰り返し、思い出すことができないという苦悩があり、博士を愛する人達の感じる切なさが伝わってきます。
毎週土曜日にTV放映されているアニメ「BLOOD+」では、主人公のサヤは、時には何十年も続く長い眠りから覚めるとそれまでの記憶をなくしてしまっていて、いつも思い出そうと苦悩するわけですが、主人公を護るハジは逆にサヤが眠っている間もずっと眠らずにすべての記憶を持ち、サヤを待ち続ける運命です。忘れるサヤと忘れないハジ、どちらがつらいだろうかと考えると、これもまた「博士の愛した数式」と同じような切なさと痛みを感じます。

短時間の記憶しかなくなるという映画に「メメント」というのもありました。ガイ・ピアース演じる主人公が妻を殺した犯人を突き止めるために奔走する話でしたが、なぜか10分しか記憶が保てない状態になってしまった主人公が、写真やメモや身体に書き込むという方法で記録を残しながら、記憶から消失した犯人を探り当てていくという、なかなか疲れる内容だったと思います。
「メメント」は「記憶」という意味のラテン語で、「メメント・モリ」といえば「死を想え」という宗教語として知られていますが、芸術の中では死んだものを描く「静物画」が一番メメント・モリの死生観を表しやすいようです。

asita明日の記憶
荻原浩作
光文社

5月に公開される映画「明日の記憶」は、荻原浩の長編小説が原作となっていますが、「若年性アルツハイマー病」という病気が取り上げられています。渡辺謙演じる広告代理店の営業部長を務める50歳の男性が、会議の約束とか相手の名前などちょっとしたことを忘れるという現象からはじまります。
昔から忘れっぽい性格である私はこういう作品を見るとちょっとドキッとします。冷蔵庫を開けて何を取ろうとしたのか一瞬忘れるとか、電話で聞いた名前を切った途端に忘れてしまうなんていうのは日常茶飯事ですし、遺伝なのか、祖母の代から3代続いているこの忘れっぽい性格・・誰もアルツハイマーになった血縁者はいないものの、笑って済ませられるうちに秘かに脳の記憶の訓練でもしておこうかな、などと思っているきょうこの頃です。

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2006/01/21

地球温暖化

金曜夜のTVで放送していた「超地球ミステリー~一秒の世界~」
途中から見た番組だったけれど、地球温暖化による海面上昇で水没の危機にさらされてる北イタリアの都市ヴェネチアの現状とか、中国の砂漠化などの映像を見ているうちにこれは本当にもの凄く大変なことになってきていると、だんだん切羽詰った気分になってきました。
環境汚染、地球温暖化、異常気象・・しょっちゅう聞いている言葉なのに、ここまで深刻な事態になっていたとは・・というのが正直な感想です。まあ、うすうす気づいてはいるのだけれど、じゃあ今私はどうすればいいのかと考えると何をしたらいいのかがいまいちわからない。
夜は家電のコンセントを抜いておくとか、車のアイドリングはしないとか、牛乳パックは回収に入れるとか、こまごまとしたことはやっているつもりでも、いいのか?そんなんで?? そんなちまちましたことをやってるだけで???
これってはっきり言って、戦争なんかやってる場合じゃないよね。各国がそれぞれ協力しあって国を挙げて一斉に取り組まなくてはいけない、それこそ私たちの住むこの地球の環境が、人間や動物の住める環境じゃなくなるよって問題ですよね。
デイ・アフター・トゥモローや日本沈没が映画の世界だけではなく、急に現実味を帯びて迫ってきました。地球を守るいろんなプロジェクト提案をみんなでどんどん実践していかないと間に合わないような気がします。
そう思いながら、やることと言えば1円クリック募金くらいな現実が悲しい・・。

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2006/01/05

里見八犬伝

時代劇好きな私にとって「新春時代劇」は楽しみのひとつだったりするのですが、今年は戌年にちなんで(?)滝沢馬琴の「里見八犬伝」でしたね。
前に、そう「魔界転生」がリメイクされた時に、昔と違ってCGやらなんやら使える今、「南総里見八犬伝」をリメイクしてほしいものだと思っていたことがあったので、とても期待して見てしまいました。2日3日と二日間に渡って前編後編の5時間ドラマでしたが、原作とは違う所があるものの、まあ、5時間だからしょうがない。犬塚信乃も義経とかぶったけれども まあ、しょうがない。犬坂毛野も女の人がやってたけれども まあ、しょうがない・・。(は?胸がない?)そんなこんなで見ているうちに10年位前に読んだ山田風太郎原作の「忍法八犬伝」を思い出してしまいました。
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時はこの時代の150年後、つまりここで活躍した八犬士達の孫の時代。里見家の家宝である「忠孝悌仁義礼智信」の八顆の珠が、里見家取り潰しを狙う本多正信の策謀によって「淫戯乱盗狂惑悦弄」の贋珠にすり替えられてしまう所から始まります。盗まれるんじゃなくて、このふざけた珠にすり替えられるくだりも笑えるけど、好き放題に生きている子孫の新八犬士たちのやる気の無さがまた笑える。結局お家のためなんかじゃなく、憧れの村雨姫という美女のために珠の奪還を決意する若者たち。
服部半蔵指揮下の女忍者たちとの戦いは、他の忍法帖シリーズと同じく(山田風太郎らしい)とても人間業とは思えないような忍法合戦となっているのですが、とにかく八犬伝の面白さがたっぷり盛り込まれた現代娯楽時代劇小説です。

私が読んだのは、1994年頃に講談社から発行された講談社ノベルズの一連の山田風太郎の忍法帖シリーズです。最近映画化された「甲賀忍法帖」なども含まれています。講談社文庫からも天野義孝などの表紙でまた新しく発行されているようです。
ところで、たまに聞かれたりすることがあるのですが、「南総里見八犬伝」に登場した小悪党の網乾左母二郎(あぼし さもじろう)って、先祖ですか?って、いやいやいや・・字も違いますし、コレ小説ですから。

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2005/09/25

ゴッド・ディーバ

  GD


ゴッド・ディーバ (DVD)
(2005/01/19)ポニーキャニオン
出演: リンダ・アルディ, トーマス・クレッチマン
    シャーロット・ランプリング
監督: エンキ・ビラル (2004年 仏 映画)

2095年のニューヨークは、娯楽のように自分の身体の改造(ヴァージョンアップ)を繰り返す人間達やミュータント、エイリアンが共存する世界と化していた。ある時忽然と空中に出現していたピラミッドから、頭は鷹、首から下は人間という古代エジプトの神ホルスが下界へと降り立つ。悲しみの青い涙を流す青い髪の女を探し出すために・・。

メインキャラ3人は俳優が演じていますが、他はすべてCGなのでそこに違和感を感じる人も多いようです。でも私はあの幻想的な背景の中でなら、かえって人間をあまり使わない方が独特の世界観が出ていいように思います。メインキャラ3人が魅力的なので他の人間をCGにすることによって逆に3人が引きたって見えます。シャーロット・ランプリングが若い。「まぼろし」では熟年夫婦の役どころで歳相応に見えた気がしましたが、一瞬この映画の製作年月を確認したくらい若くて素適でした。25年間冷凍監獄に冷凍体で収監されていたニコポルが、甦ってから時々口ずさむ詩はボードレールの「悪の華」からのものですが、この世界になぜかしっくりと似合っています。
この手の映画は好き嫌いがはっきり分かれるようですが、私はCGがヘボいとか、なぜにエジプトの古代神なのかとか、わかり難いストーリーかと思ったら結局は・・とか、つっこみ所は多々ありますが、それ以上に好きな俳優が出ているし、雰囲気が独特で楽しめました。

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2005/09/15

FFⅦ ADVENT CHILDREN

きのう「ファイナルファンタジーⅦ ADVENT CHILDREN」が届いたので早速見てみようとしたのですが、プレステがなかなか起動してくれません。読み取っています・・・という表示の後、「DVDディスクが起動しませんでした」となってしまいます。そういえば、前にアップルシードを見た時も、途中でコ・マ・お・く・り・になったり、シーンが飛んだりしたっけ・・。これはいよいよDVDプレイヤーを買わなければならないかな、と思いつつ、つけたり消したりしていたら、あきらめかけた頃にやっと起動してくれました。最近、パソコンで「MYST Ⅳ」ばかりやっていたので、しばらくプレステをつけていなかったせいなのか、とも思いましたが、どうも違うようです。

特典で1997年のゲームのシーンが入っていて、「うっわ・・!」(絶句)と思いましたが、イベントシーンなど当時はこれが最新のCGだったので「すごいよ、コレ」などと思いながら感動してやっていたんですよね。懐かしいです。
それにしても、フルCGで作られたこの「ADVENT CHILDREN」。戦闘シーンなど目が追いつかない位の迫力とスピード感で、あれから何年かたつうちに比べ物にならないくらいの進歩をとげている感じです。いったいCGはどこまで凄くなるのだろう、とこれからもCGの進化が楽しみで目が離せません。

     FF
ファイナルファンタジーⅦ
ADVENT CHILDREN
(DVD)
 

        

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2005/08/15

ターン

“ Aboyan's お気楽な別館気分?Diary ” というブログ名も “東北楽天ゴールデンイーグルス” くらい長くて呼びづらいので “ Aboyan's 別館 ” みたいに省略してしまおうかと思っているきょうこのごろ。
最近テンペラをキャンバスに飛ばすのに夢中になっています。昨日、某所で買った100円の筆を指にたたきつけながらテンペラを飛ばしていたら、筆が折れました・・・。指も全治1日の打撲を負った模様。
(注)テンペラは本来飛ばすものではありません。

ところで、ずっと前に北村薫原作の「ターン」という映画をBSで見た時に、牧瀬里穂主演の主人公が銅版画を制作しているシーンがとても印象的でした。ひとりでせっせと銅版を彫り、プレス機を回し、孤独な制作を続けている所や、作品を画廊に持ち込むと、「今時珍しく手のかかるメゾチントなんかで制作している」ことに免じて置いてあげよう、と言われるシーンがずっと記憶に残っていました。
turn

「ターン」
(DVD)
監督:平山秀幸
出演:牧瀬里穂、中村勘太郎

だからという訳ではありませんが、先生に今度はメゾチントをやってみたいと言った所、頭を抱えてちょっと考え込み(ひょっとして、頭を抱えるのって先生の癖なのか?)「腱鞘炎を覚悟してください」だそうです。
電動ベルソーなんかがあるもんだと思っていたのですが、甘かった・・。カッターで縦横斜めにぎっしりと刻んでいるって、それはまぎれもなくマニエール・ノワール・・。ベルソーで削っていっても、少なくても3日は「目立ち」の作業だけにかかるようです、ああ・・・。

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2005/06/22

敦煌莫高窟

NHKスペシャル「新シルクロード」第6集「敦煌(石窟に死す)」
敦煌莫高窟と言うと、行った事もないのにすぐに思い浮かぶのは、唐代の石窟の中でも有名な美人窟と呼ばれる第45窟と第57窟の素晴らしい彫像や壁画です。写真で見たり、模写で知ったりしたからでしょうか。
石窟の壁画を描き続け、名も知られずに死んでいった絵師たちに焦点を合わせれば、また深い感慨を持って壁画を眺めることができそうです。
この辺境の地は異民族の襲撃に対する最西端の軍事基地でもあったため、ほとんどの農民は戦いが起こるたびに駆り出される兵士でもあったそうです。苦しくつらい日々を過ごす時に夢見る世界は、極楽浄土での、飢えも、戦争も、病も、別離もない世界だったことでしょう。その思いは、莫高窟の壁を極楽浄土の絵で彩り、涅槃仏が横たわる極楽浄土への入り口と言われる世界を作り出しました。いつの世も戦いがあり、平和を願いながら亡くなっていく人は絶える事がありません。

番組では敦煌美術の画家高山さんが登場し、壁画を描き続けた名も知らない絵師たちは、仏への深い信仰心からその思いを壁画にしなければという使命感があったのだと話していました。だからこそ、飢えと貧しさに耐え、過酷な運命にも屈せず身体がぼろぼろになるまで壁画を描き続けることができたのだと言います。
高山さんの莫高窟の彫像や壁画の模写作品は某サイトでよく見ていたのですが、20年に渡り現場で模写を描き続けているというこの方の話は、とても実感のこもったものだろうと感じました。

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2005/05/08

コーラス

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 映画「コーラス」
 制作・特別出演:ジャック・ペラン
 監督・音楽:クリストフ・バラティエ

第二次大戦後のフランス。規則で縛り付けられ、校長の方針である「ちょっとでも違反すれば体罰」という容赦ない厳しい寄宿舎生活で荒んだ毎日をおくっている子供たち。そこに舎監として赴任してきたひとりの音楽教師によって、歌うことを教わり、歌を通じて次第に心を開いてゆき、夢を取り戻していく子供たちの姿が描かれます。
出会いと別れ、親子の絆、教師のありかた、一見重いテーマがフランス映画らしく淡々と描かれている所に好感が持てました。
映画「コーラス」は、2004年 本国フランスで空前の社会現象を巻きおこした感動作であるということを後で知りました。“奇跡の歌声”と絶賛されるジャン=バティスト・モニエ少年とフランスの「サン・マルク少年少女合唱団」の少年たちが奏でる歌声が素晴らしく、全面に流れる哀愁感漂う音楽もこの映画を盛り上げています。

合唱が好きで、随分前にウィーン少年合唱団のコンサートを聴きに行ったことがあるのですが、仕事帰りだったせいもあり、不覚にも寝てしまったという過去がある私ですが、この歌声は今までとはちょっと違うという気がしました。聖歌隊でありながら、歌っているのが聖歌ではなくこの映画の為に作られた曲であるという所とか、モニエ少年の声が一段と透き通った輝きを放っているからとかいう理由かもしれません。
いずれにしろ、低予算で作られた映画が大ヒットし、サントラも予想に反した売り上げを記録しているという現象は、現代社会に欠けている何かをこの映画に感じ取っているのではないかという憶測とともに、ボーイソプラノという声変わりするまでの短い期間だけ、という“儚いもの”に愛着を持つ人は多いという証なのでしょう。

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2005/04/19

ホータンの玉石

新シルクロード第4集「タクラマカン」の中で映し出された「西域のモナリザ」と呼ばれる壁画は、2002年にタクラマカン砂漠の中にある幻の遺跡「ダンダンウイリク」から発掘されたものでした。確かにその如来の表情は、切れ長の目に微笑を浮かべた口元などがとても魅力的です。「尉遅派」と呼ばれるホータン王族の絵師達の「鉄線描」という卓越した仏画技法は長安で一斉風靡し、やがて日本にも影響を与え日本仏画の源流となったそうです。
しかし、今回それよりも強く印象に残ったのは「ホータンの玉」を売り買いする人々の姿です。
人間はなぜ石が好きなのか、という問いはこの際あとに置いておきますが、私もなぜか石が好きなので、ホータンの美しい玉石には、その辺のダイヤモンドよりもずっと惹かれるものがあります。そんな美しい玉が崑崙山脈から流れ出るユルンカシュ河の河原ではごろごろと転がっているなんて素晴らしいと思っていました。
ところが、聞けば今のホータン玉の値段は小さい石でも数百万、数千万、大きいものに至っては数億円という単位だといいます。極言すれば「たかだか河原で拾った石」にこの値段というのはいくらなんでも異常というよりほかありません。
25年前の「シルクロード」で映っていたホータン玉に群がる人々を見ながら、そこはかとなく感じていた違和感が今回の放送で明らかになった感じがしました。金銭至上主義の波が美しい玉石を銭に変えてゆきます。もはやそこには「美」はなく、人間の醜い欲望の対象があるだけでしょう。せめてもの救いは、石は「象牙」のように生あるものではなかったという点でしょうか・・。
それにしても玉石の混じるこの河原の石たちは、どれも皆磨耗して丸くなった大小様々ないい感じの石ばかりで、この「ただの石」を見るだけでもそれぞれ表情があって私には面白く感じられました。絵のモチーフにしようと広瀬川の河原で石を探し歩いた記憶がよみがえりましたが、こちらは皆砂利を大きくしたような固くて灰色の玄武岩ばかりで全然心ときめかなかったので、玉がなくてもこんな石たちが転がる河原があったなら、モチーフ探しに是非行ってみたいものです。

参考blog記事:「新シルクロード」雑感
実際にホータンに旅している方の実感のこもる記事です。

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2005/02/28

壁画「仏と隊商の主」

トルファンの壁画に現代のユートピアを見た。ベゼクリク千仏洞第15号窟の壁画のひとつ、「仏と隊商(キャラバン)の主」。シルクロードを行きかうキャラバン隊が描かれた壁画は、仏に供え物を差し出す様々な瞳の色、肌の色、顔かたちの違う多くの民族が描かれている。
モンゴルの遊牧騎馬民族ウイグル族が移住して築いた西ウイグル王国。ウイグルの王はマニ教からトルファンでもっとも信者の多かった仏教に帰依し、国家の安寧を祈るため「誓願図」をかかせたという。多くの民族があたりまえに共存していたトルファンの、豊かなくらしぶりを彷彿とさせるというこの1枚の壁画に、なんともいえない思いが込みあげてくる。
世界各地の音楽家が集まったシルクロード・アンサンブルも、西洋と東洋の文化が混ざり合った音楽作りも、皆同じコンセプトを示しているのではないだろうか。
人種の違い、宗教の違いから人と人とがぶつかり合う現代の世の中。いくら戦争反対と叫んでみても、様々な人や民族、国の思惑・利害がからんでそう簡単には争いはなくならない。実際、この千仏洞の壁画も後からイスラム教徒による破壊という目にあっている。そして保護の名のもとの剥奪である。
色々な人種や民族、文化を持つ人々が、同じ地球に住む同じ人間であるということを意識し、それぞれの違いに優劣をつけて奪ったり排斥したり、無理やり自分たちの文化を受け入れさせて支配しようとしたりせず、お互いを尊重し合い、影響し合いながら平和に共存できる方法があるのではないか。
そんな現代のユートピアを、芸術文化の面から押し広げて実現できたらと考えずにはいられない。

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2005/02/22

幻の壁画「誓願図」

NHKスペシャル「新シルクロード」第二集「トルファン」(灼熱の大画廊)でデジタル復元された「ベゼクリク千仏洞」の壁画は実に見事でした。
トルファン郊外にあるベゼクリク千仏洞は、ウイグル仏教の聖地として多くの壁画が描かれていたということですが、14世紀末頃から偶像崇拝を嫌うイスラム教徒によって破壊がはじまり、さらに20世紀初めには列強国の探検隊によって壁画が剥ぎ取られ(!)、今ではわずかにその一部が見られるだけとなってしまったそうです。
無残にも剥ぎ取られ、傷ついた地肌を剥き出しにしている回廊の壁面は見るも痛ましく、やるせない気持ちにさせられました。はからずもアフガニスタンのバーミヤンの遺跡の破壊写真や、去年見た映画「トゥー・ブラザーズ」の中でアンコール・ワット等の遺跡の仏像その他貴重な文化遺産を盗掘し、オークションに出品しているシーンを苦々しく思い出しました。
世界中に散逸してしまった壁画を、番組では最新のデジタル技術を駆使して復元してみせます。
世界中をまわり、その行方を捜す作業は勿論のこと、失われてしまった部分を検証しながらの復元作業は並大抵の苦労ではなかったろうと想像できます。復元作業に取り組んだ日本の大学の研究チームの力と技術は素晴らしいと思いました。
去年、仙台市博物館で開催された「国宝 鑑真和上展」を見に行った時に、デジタル再現された唐招提寺の外観や内部がビデオで放映されていたのですが、見る者の視点で次々と襖を開けながら部屋から部屋へ移って行き、説明が加わってとてもわかりやすく、CG映像の可能性がこのような分野でも活用されているのかと目を開かされた感じがしたこともつけ加えておきたいと思います。

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2005/01/27

砂漠の墓

NHKスペシャル「新シルクロード」、第一集「楼蘭(4000年の眠り)」に登場する太古の墓「小河墓遺跡」の景観は、白い化石のような枯れた胡楊の木の残骸が砂の上に散乱し、朽ち果てた墓標の乱立するなんとも壮絶なものでした。長年の風雨にさらされて何千年もの時を、人の入り込まないタクラマカン砂漠の奥でひっそりと朽ちていく姿が美しく、まるで私が夢に見る景色のようで心ひかれるものがありました。
この下に眠る数百体のミイラを発掘調査するということで、散乱している胡楊の木を片付け始めるのを見て、朽ち行く美が壊されていくような気がして、なんとも複雑な気持ちになりました。
今年に入り、エジプトのツタンカーメン王のミイラも死因を調べるために棺から取り出されてCTスキャンにかけられたりしているようですが、現代科学による調査によって初めてわかってくる事実が、考古学やその他の学術研究に必要なことでもあるのだろうし、更なるロマンをかきたてるということもあるでしょう。ただ、個人的には自然のままにそっとしておきたいという気持ちにかられたことは否めません。
しかし、かく言う私ももちろんツタンカーメン王の死因は何だったのか、小河墓地で発掘された美少女のミイラがいったいどのような人種だったのか、などという興味は尽きないのです。

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2005/01/24

新シルクロードのテーマ

mohini2005年1月より放送が開始されたNHKスペシャル「新シルクロード」。25年振りの新シリーズということで元旦から楽しみに見ていました。
「ヨーヨー・マとザ・シルクロードアンサンブル」の奏でるテーマ曲「モヒーニー」(魅惑)。
インド国立博物館にあるモヒーニー像はインドの"ヴィシュヌ神が魅惑的な美女に化身した姿"のことで、愛の催眠的な美しさを讃えているということですが、インドの伝統音楽に根差しながらインド外の楽器をも使用し、ヨーヨー・マのチェロが加わってなんともいえない味わい深い音楽になっています。シルクロードのテーマと言えば今までは「喜多郎」の音楽を思い浮かべましたが新シリーズが始まった今、このチェロが奏でる深みのある音楽に心奪われています。

写真はインドのChennakeshava Templeにあるモヒーニー像です。胸から腰にかけてのしなやかな線が魅惑的です。

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2004/10/06

トゥー・ブラザーズ

    two.jpg

「トゥー・ブラザーズ」Two Brothers 映画
監督:ジャン・ジャック・アノー 2004年イギリス/フランス合作

猫科の猛獣の中でも虎は一際美しいと思う。ヒョウや山猫も美しいけれど、やはりなんといっても虎はライオンにも劣らない王者の風格がある。このトゥー・ブラザーズは加えてアンコール・ワットという素晴らしい遺跡の中で撮影が行われたということもこの映画を見に行くきっかけとなった。物語は虎の兄弟の話に終わらない。人間のエゴによる「トラ狩り」は実際に行われていた。数々のトラの種類が絶滅し、トラの保護政策の裏で漢方薬の原料として高額で売れるトラの密猟や密輸が絶えないという。木材の伐採による生息地域の縮小問題もある。また、アンコール遺跡彫刻の盗掘問題や、修復と同時におこる観光地化が周囲の住人や動物たちの環境を激変させたり、さらには歴史を歪めさせたり断絶させたりするという危険性をまざまざと感じさせる。人間がおのれの利益のために(金儲けのために)することは大抵まちがっている。人間の英知をもっと自然と動物との共生、果てはこの地球環境を守るためのものに使うべきではないのだろうか、ということを考えさせられる作品である。


「ロザリンとライオン」Roselyne Et Les Lions VHS
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監督:ジャン・ジャック・ベネックス 1989年フランス/イタリア合作

人間は「美しくて危険なもの」に魅了される傾向があるが、こちらはライオンに魅せられ、サーカスの猛獣使いのスターを目指す女性、ロザリンの物語である。ライオンでなければ嫌、というロザリンのライオンに対する畏怖の念と愛情がひしひしと感じられ、やっぱりライオンは百獣の王であり最高に素晴らしいと思えてしまう。もともとサーカスという独特の雰囲気の中で危険と隣り合わせの切迫感を孕んだ猛獣ショーはそれだけで見ごたえのあるものであるが、猛獣使いが美女である所に更なる魅力が重なっている。ヒロインを演じるイザベル・パスコーは単なる演技とは思えないほどの迫力のある猛獣使いぶりを見事に表現した。その体当たり演技は凄いの一言である。半裸の美しい身体をライオンの前に無防備にさらし、鞭をふるいながら猛獣を操るライオンショー、最後のクライマックスのシーンは忘れられないほどひたすら官能と緊迫感に溢れ夢のように美しいものであった。

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2004/09/25

荒神<ARAGAMI>

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   「荒神」 北村龍平監督 (DVD,ビデオ) 2004年1月

父親の影響か時代劇大好きになってしまった私であるが、久々に面白い時代劇アクションを見た。
古寺にたどりついた落武者(大沢たかお)と、彼を介抱する不思議な女(魚谷佳苗)と寺の主(加藤雅也)。瀕死の状態でたどりついたはずの男であったが、目覚めるとなぜか傷はすっかり癒えている。女の作った食事のもてなしを受けながら寺の主との会話が進む。寺の主は自分は天狗と呼ばれていると話し出す。天狗は山に住み人の肉を喰らって生きているのだと言う。やがて寺の主は、天狗は真の名を「荒神」と言い、自分は「荒神」であると名乗り自分を殺させるためにおまえを選んだのだと言い放つ。かくしてふたりの死闘がはじまるが・・。
この古寺の雰囲気が最高にいい感じなのである。暗く落ち着いた雰囲気の寺の中はあちこちに梵字のようなものが描かれ赤い布が天井やら柱などから巻かれたり下がったりしており、正体不明の仏具やろうそくが立ち並び巨大な仏像が独特の照明を浴びて居座っている。なんとも私の好きな色合いである。そしてまた、ふたりの戦いが迫力があるのだ。思わず手に汗にぎるというか、「今、私に話しかけるんじゃないよッ!」というオーラが出てしまうくらいの目の離せない壮絶なバトルが繰り広げられるのである。
同監督の作品に「あずみ」があるが、さすがにPG-12指定だけあってかなり血なまぐさい。というか、血糊が出すぎだよコレ、などと思うのであるが外国ではかなり受けたようで、あずみ役の上戸彩が大人気だそうな。確かにあずみはかっこよかったけど、美女丸がヘンだったのに。加藤清正の家来である井上勘兵衛役の北村一輝がいい味を出していたのが印象的であった。
2005年には「あずみ2」が公開されるとか。

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